分散通信ネットワーク
田中研究室は、分散通信ネットワーク、特に有線によらず無線を用いた無線通信ネットワークを研究対象としています。有線によらないということは、つまり電話線、LAN、光ファイバーの設置というインフラを必要としないメリットをもっています。例えば、携帯電話が基地局を介さずお互いに直接通信を行なうとしたら。。。(電話会社は困りますが)膨大な数の携帯電話からなる巨大な通信ネットワークが出現することになります。このようなインフラによらない分散通信ネットワークの発想が、いわゆるアドホック・センサネットワークの原点にあります。アドホック・センサネットワークならびにインターネットの一つの起源は、米国の軍事研究にあることは良く知られていますが、この数年において急速にその商用化が進み、またZigbee等による一層小型の通信端末によるネットワークの構成が可能になりました。このような新しい局面を迎えて、田中研究室は次のような3つの重要な課題に取り組むことが必要であると考えます。
(1)商用化、実用化の過程でハードルとなる諸問題を(表面的にではなく)原理的に検討して、解決の道を見出すこと
例えば、Zigbeeを用いたセンサネットワークでは、制限されたバッテリーのもとでいかにネットワークのライフタイムを長くするかという課題が重要です。この例では、通信時以外の場合において端末(センサノード)を出来るだけ「オフ」の状態にすれば良く、一度「オフ」にした端末を次にどのようなタイミングで「オン」にして通信を行なうかという問題を考えざるを得なくなります。この問題の解決方法はいくつか考えられ、多くの研究グループが取り組んでいますが、われわれはこれにネットワークの効率的な「タイミング同期」によりアプローチしてきています。このテーマについては現在企業との共同研究も進めており、その成果が期待されています。
(2)これまでの通信ネットワークでは「ありえない」アプリケーションを開拓し、これを実現するメカニズム(システムデザイン)を構築すること
例えば、この例では、Poupyrevらにより提案されている「歩行者間通信ネットワーク(pdf)」に注目し、これを実現する鍵となる新しいネットワークフラッディング、センシングデータ収集手法を構築しています(特願2008-286881号、「情報処理装置および方法、プログラム、並びに通信方法」、発明者 田中、M2菊地君、M1木村君(出願時)(pdf))。この手法により、従来の分散ネットワークでは「ありえなかった」各端末の「オン・オフ」間欠制御とフラッディングを共存させ、その結果センシングデータの収集も可能となっています。この手法は、以上の項目(1)の「同期式」に対し、極力同期を排除した「非同期式」と見倣されるものです。
また、いまひとつの「ありえない」アプリケーションとして、地中、水中、あるいはビルや路面地下にセンサ端末を分散配置して固体、液体中の無線通信によりネットワークを構成する例があります。この方向についても、われわれは企業との(おそらく国内初の)共同研究を行ない,問題提起(田中 久陽、橋本 猛、鎌倉 友男、「海中等におけるセンシングを目的とした自律分散無線ネットワーク構成方法」、海洋音響学会2008年度研究発表会、(5月29・30日開催、会場:東京工業大学)(pdf))も行なっております。
(3)生体システムの「本質」にヒントを得た通信システム、また逆に通信システムの観点から生体システムのフロンティアに踏み込むこと
生体システムは、本質的に分散通信ネットワークと共通の構造を含んでいるケースが多くあります。したがって、生体システムに内在する(表面的ではなく)本質的な分散メカニズムを理解することは、工学として、特に分散通信ネットワークの新しい可能性を開拓するために有意義であると考えています。この一例として、われわれは沖電気と共同研究を行ない、2003年9月に国内初(世界初?)の生物規範型マルチアクセス通信タイミング制御方式を特許出願し、2008年8月に特許を取得しています( 特許第4173789号、欧州でも特許取得)。現在、これは、2004年以降に出願された35件を超える応用、改良特許の中核となる基本特許となり、重要な位置を占めています。またこの特許の内容に関しては、その背景も含めて2003年9月日本物理学会(pdf)において発表も行なわれています。また、逆に分散通信システムの観点から生体情報処理メカニズムの解明に踏み込むことも有意義であり、その問題提起は2008年5月アドホックネットワーク研究会において発表(pdf)されました。ただし、以上に述べたアイデアは既にウィーナーが「サイバネティックス」において展開してきたものと通底しており、本質的に新しいものではないと考えています。しかし現時点では、インターネット、ユビキタス、センサネットワークを支えるデバイスが存在し、過去の抽象的であったアプローチがマテリアルベースとなってきた点で、新らしい展開を迎えているといえるでしょう。