リズム現象、シンクロニゼーション
17世紀中頃、オランダの科学者ホイヘンスは、自作の振り子時計を2つ机に置いていたところ、その振り子のリズムが初めバラバラであっても徐々に揃っていく現象を発見しました。彼は発見の当初この現象を、当時の錬金術の概念から「共感(sympathy)」と記述していますが、 その後の一連の実験により、この現象の本質を見極め、当時の錬金術的世界観(似たもの同士に「共感」という遠隔作用が働くという理解)を否定するクールな結論に到達しています。
ホイヘンスにより考案されたこの振り子時計は当時の技術としては非常に高い精度を実現していました。ところが、問題だったのは、この時計を船に載せて長期間の航海をしたとき、果たして安定な時計の精度が維持されるかということでした。上記の2つの振り子時間のタンデムは、 長い航海に対応するための一つの実用上の必要から考えられたものであり、ホイヘンスの発見ははからずも、この振り子時計は外乱に対しそれ程強くないという事実を示すこととなったわけです。
このようなリズムの同調する現象は同期現象と呼ばれ、現在ではその例が至るところに潜んでいることが知られるようになりました。例えば良く知られている例として東南アジアのホタルの大規模集団同期明滅があります。
この方面に関する成果:
- 田中久陽, 長谷川晃朗, 大場信義:「集団同期の密度効果 –東南アジアホタル Pt. tenarとPt. validaの棲み分け仮説–」, 電子情報通信学会論文誌 A, vol. J84-A, no. 6, pp. 870–874, 2001年6月.
( Hisa-Aki Tanaka, Akio Hasegawa, and Nobuyoshi Ohba:“Percolation Effect on Population Synchrony,” Trans. IEICE A, vol. J84-A, no. 6, pp. 870–874, June 2001. ) - Kiyotake Tetsuka and Hisa-Aki Tanaka : “An experimentally faithful model for synchrony in the firefly P. effulgens,” Dynamics Days Asia Pacific 5 (DDAP5) The 5th International Conference on Nonlinear Science,(September 9–12, 2008,Nara, Japan).
- 手塚清豪,田中久陽:「実験データに忠実なホタルの集団明滅モデル」, 電子情報通信学会2008ソサイエティ大会, p. 35(9月16–19日開催,会場:明治大学 生田キャンパス).
- 手塚清豪,田中久陽:「東南アジアホタルの集団同期明滅における完全同期と進行波パターンのネットワークモデル」,日本ソフトウェア科学会 JWEIN08,pp.45-46. (2008年8月29–31日,東工大)
またわれわれの生活を支える発電所、変電所のネットワークは交流発電機がその発振周波数と位相を互いに歩み寄り同期させる性質により支えられています。同じく通信や計測のための電子回路として欠かせない位相同期回路(PLL)も、この同期(引き込み)現象を具体化したものと言えます。(この方面に関する成果:)また現在の電子工学の最先端、例えば超高周波回路、超伝導素子においても同期(引き込み)現象は一つの必須の構成要素、設計原理なのです(この方面に関する成果:)。さらに生体においては、殆んどの生物のもつ体内時計も細胞レベルでのリズム生成から同期(引き込み)により一つのシステムとして動作していることが、最近急速に明らかにされつつあります。
ホイヘンスは17世紀当時のハイテクであった振り子時間の実用化のために「同期現象」に直面することになったわけですが、この状況は21世紀の現在でも、デバイスの微細化、ネットワーク化の結果、再び明確な形となって現れてきています。田中研究室の取り組む無線分散ネットワークもその一例です。ネットワークを構成する前提として、端末同士で共通の「時刻」を管理・維持することが必要ですが、無線分散ネットワーク、特に端末を小型化する際にこの時刻の同期はネットワークの品質やライフタイムを決定する重要な土台となります。この方面では、従来の通信工学の枠を越えた発想と解析の手法が必要となり、われわれはオリジナルな貢献を行なってきています。
また同期現象そのもののメカニズムを明らかにしていくことも重要な課題です。これには物理や数学のコトバにより現象の本質を捉えようとする努力が必要になります。この方面に関しても、われわれはオリジナルな貢献を行なってきています。 この分野は、現在の多くの分野にまたがる「同期学(synchrology)」(Steve Strogatzの命名による)に生長しています。その状況は「Winfreeが捏ね、蔵本が搗きし同期学、座りしままに喰うはわれわれ(の世代)」というもので、そろそろ次の天才が登場するのではないかという期待と予感があります。
熱帯東南アジアのホタルのシンクロニゼーションの様子
ミレニアム橋で発生した「大揺れ」現象の様子